「目の疲れ」は見えない経営コストである
「目が疲れる」という声は、職場でよく聞かれます。しかし多くの場合、本人も周囲も「仕方ない」で終わらせてしまいます。眼精疲労は痛みや発熱のように目に見える不調ではなく、じわじわと集中力や作業効率を下げていくため、対策が後回しになりやすいのです。
産業保健の分野では、こうした状態をプレゼンティーイズム(出勤しているが体調不良で生産性が低下している状態)として捉えます。眼精疲労は、このプレゼンティーイズムの主要な原因のひとつです。日本のオフィスワーカーを対象とした研究では、目の問題による生産性損失は健康状態別で第5位(精神疾患、肩こり・頸部痛、腰痛、睡眠関連問題に次ぐ)にランクされ、1人あたり年間約240ドル(約2.6万円)の損失に相当すると試算されています(Yoshimoto et al., J Occup Environ Med, 2020)。従業員100人の企業であれば、年間260万円規模の損失が「目の疲れ」から生じている計算です。
眼精疲労は「休めば治る」という側面もあるため、受診や対策が遅れがちです。しかし放置が続くと症状は慢性化し、目の問題にとどまらず頭痛や肩こりにも波及します。健康経営の視点から、早めに手を打つことが重要です。
眼精疲労とは?ドライアイとの違い
眼精疲労とは、目を使う作業を続けることで、目の調節を担う筋肉(毛様体筋)や外眼筋が疲弊し、眼の不快感・痛み・かすみ・頭痛・肩こりなどの症状が現れる状態です。
休息によって症状が回復するのが眼精疲労の特徴です。一晩休めばある程度回復する場合は生理的な疲労の範囲ですが、休んでも翌日に持ち越す・慢性的に続くという場合は、背景に目の病気や全身疾患が隠れていることもあり、受診が必要です。
| 眼精疲労 | ドライアイ | |
|---|---|---|
| 主な原因 | 目の調節筋の疲弊(近くを見続ける作業) | 涙の量・質の低下(まばたき減少・低湿度など) |
| 特徴的な症状 | 目の奥の痛み・頭痛・肩こり・かすみ | 乾き・異物感・ゴロゴロ感・充血 |
| 回復の特徴 | 休息・睡眠で改善しやすい | 点眼薬など治療的介入が必要なことが多い |
| 職場での関係 | VDT作業が共通の主因。多くの場合は同時に発症・悪化する | |
眼精疲労とドライアイは別の病態ですが、VDT作業という共通の誘因から同時に起こることが非常に多く、互いを悪化させ合う関係にあります。「目が疲れてかすむ・乾く」という訴えの多くは、両者が混在した状態です。
眼精疲労がプレゼンティーイズムを引き起こすメカニズム
眼精疲労が生産性に与える影響は、単に「目が疲れて作業が遅くなる」だけにとどまりません。次のような連鎖で、業務全体の質を低下させます。
集中力・注意力の低下
目の不快感が続くと、作業への集中を維持するために多くのエネルギーを消費する。結果として注意が散漫になり、ミスや見落としが増加する。
作業スピードの低下
かすんだ視界や目の痛みがある状態での文書作成・データ入力は、通常より多くの時間がかかる。確認作業が増え、全体の処理速度が落ちる。
頭痛・肩こりへの波及
眼精疲労は頭痛・首こり・肩こりを伴いやすい。これらが重なると業務継続意欲そのものが低下し、離席・早退の増加につながる。
さらに深刻なのは、本人が「これくらいは普通」と感じて申告しないことです。プレゼンティーイズムの特性として、本人は不調を自覚しつつも「休むほどではない」と判断して出勤を続けます。管理職や人事担当者には不調が見えにくく、健康診断でも数値に現れにくいため、対策が後手に回りやすい構造があります。
放置すると症状が悪化・慢性化することがある
眼精疲労を放置し続けると、慢性的な頭痛や肩こりに発展したり、ドライアイを合併して角膜に傷がついたりすることがあります。「我慢できるうちは大丈夫」という状態が長引くほど改善に時間がかかるため、症状が続く場合は早めに眼科を受診することが大切です。
職場で眼精疲労が起きやすい原因
眼精疲労の背景には個人差もありますが、職場環境が大きく影響します。以下の要因が重なるオフィスでは、眼精疲労の訴えが多くなる傾向があります。
VDT作業の長時間化・休憩不足
PC画面を長時間見続けることで、目の調節機能を担う毛様体筋が緊張し続けます。情報機器作業ガイドライン(厚生労働省・2019年改訂)では連続作業を1時間以内とし、10〜15分の休憩を設けることが定められていますが、実際には休憩を取れないまま長時間作業が続くケースが多く見られます。
画面・照明・視距離の不適切な環境
- ディスプレイが目の高さより高い位置にある(見上げる姿勢で目の露出面積が増える)
- 画面と周囲の明るさの差が大きすぎる(明暗差への適応で調節筋が酷使される)
- 画面との距離が近すぎる、または小さい文字を長時間読み続ける
- 蛍光灯の明滅や窓の反射がディスプレイに映り込む
眼鏡・コンタクトの度数が合っていない
度数の合っていない眼鏡やコンタクトレンズを使用していると、調節筋への負担が著しく増加します。特に老眼が始まる40代以降は、PC距離に合った度数へ見直しが必要になることが多く、VDT健診や個別面談でこの点を確認することが重要です。
長時間の会議・ビデオ通話
テレワークの普及でビデオ会議が増加したことで、一日中画面を凝視する時間が延びています。対面会議と異なり、カメラを意識した姿勢で長時間固定されることも、眼精疲労・肩こり・首こりの悪化につながります。
企業が取り組むべき対策
VDT環境の整備と作業時間管理
眼精疲労対策の基本は、情報機器作業ガイドラインに沿った職場環境の整備です。ディスプレイの高さ・距離・照明の設定を見直し、連続1時間を超えないよう作業時間を管理することが出発点になります。産業医による職場巡視でこれらの環境を定期的に確認することが効果的です。
VDT健診(情報機器作業健康診断)の実施
VDT健診では視力・調節機能の確認に加え、眼の自覚症状の有無を把握できます。眼精疲労の早期発見と、度数が合っていない眼鏡・コンタクトの問題に気づく機会として活用してください。配置前と年1回の実施が推奨されています。
休憩・小休止の文化をつくる
「休憩を取ること」が業務効率を高めるという認識を職場全体に浸透させることが重要です。管理職が率先して休憩を取る・チーム内でリマインドし合うなど、制度だけでなく文化として定着させる工夫が求められます。
眼精疲労対策を健康経営指標に組み込む
健康経営優良法人の認定要件のひとつに「従業員の健康課題に対する取り組みの実施」があります。眼精疲労・ドライアイ対策をVDT環境管理・プレゼンティーイズム対策の一環として整備することは、健康経営の取り組みとして対外的にも評価されます。
相談しやすい窓口と周知
眼精疲労は「受診するほどの症状ではない」と感じられるため、従業員が自ら声を上げにくい不調のひとつです。衛生委員会での情報提供・産業医への相談窓口の周知・VDT健診での拾い上げを組み合わせて、不調を発見・対処する仕組みを整えてください。
産業医の役割
眼精疲労・プレゼンティーイズム対策において、産業医は「職場環境の改善」と「個人の健康支援」の両輪で企業を支援します。
産業医が支援できること
- 職場巡視でのVDT環境チェック:ディスプレイの高さ・距離・照明・エアコン配置などを実際に確認し、改善点を提言する
- VDT健診の実施支援と結果確認:視力・調節機能・自覚症状を把握し、有所見者への受診勧奨・就業配慮の意見を提供する
- 衛生委員会での情報提供:眼精疲労とプレゼンティーイズムの関係・職場での対策を従業員向けにわかりやすく説明する
- 個別面談での早期発見・受診勧奨:長時間労働者面談やストレスチェック後の面談で眼の症状も確認し、必要に応じて眼科受診を後押しする
- プレゼンティーイズムの可視化支援:WFun等の測定ツールを活用し、眼精疲労を含む不調が生産性に与える影響を数値で把握する仕組みづくりを支援する
よくある疑問
眼精疲労を訴える従業員がいます。会社として何から始めればよいですか?
まずVDT環境(ディスプレイの高さ・距離・照明・エアコン配置)と作業時間管理を確認し、改善できる点がないかチェックします。次に産業医に相談し、必要に応じてVDT健診を実施・眼科への受診を勧奨してください。「個人の問題」と置き去りにせず、環境要因が含まれていないかを職場全体で確認することが安全配慮義務の観点からも重要です。
プレゼンティーイズムを数値で把握する方法はありますか?
WFun(Work Functioning Impairment Scale)やSPQ(Single-item Presenteeism Question)など、比較的短時間で回答できる測定ツールがあります。ストレスチェックや健康診断に組み込む形で定期的に実施し、部署・職種ごとの傾向を把握することで、眼精疲労を含む不調が生産性にどれほど影響しているかを可視化できます。
テレワーク中の従業員の眼精疲労対策はどうすればよいですか?
在宅環境はオフィスより管理が難しいですが、自宅のVDT環境を本人が確認できるチェックシートの配布、ビデオ会議の時間・回数を適正化するルールの設定、1時間ごとの休憩を促すリマインダーの導入などが有効です。テレワーク中も安全配慮義務は変わらず企業に生じるため、在宅環境への対応を就業規則やテレワークガイドラインに明記しておくことをお勧めします。
眼精疲労の訴えが多い職場では、衛生委員会でどのように取り上げればよいですか?
産業医からの情報提供として、眼精疲労が生産性に与える影響(プレゼンティーイズムのデータ)・情報機器作業ガイドラインの内容・VDT健診の意義などを説明するのが効果的です。その上で、職場環境の点検結果を共有し、改善策を衛生委員会の決議として記録に残しておくことで、組織的な取り組みとして形にすることができます。
まとめ
眼精疲労は「よくある目の疲れ」として見過ごされがちですが、職場における生産性損失の主要因のひとつであり、放置すると慢性化・悪化するリスクを伴います。プレゼンティーイズムの視点から眼精疲労を捉え直し、VDT環境整備・作業時間管理・VDT健診・衛生委員会での啓発を組み合わせた継続的な取り組みが求められます。
この記事のポイント
- 眼精疲労による生産性損失は1人あたり年間約2.7万円。職場における生産性損失の原因として第4位に位置し、見えない経営コストとなっている
- 眼精疲労とドライアイは別の病態だが、VDT作業を共通の誘因として同時発症しやすく、互いを悪化させ合う関係にある
- 本人が「我慢できる」と感じて申告しないため管理職・人事には見えにくい典型的なプレゼンティーイズム。放置すると休職リスクにもなる
- 対策の軸は、VDT環境整備・作業時間管理・VDT健診・衛生委員会での情報提供の4本柱
- 産業医は職場巡視・VDT健診支援・プレゼンティーイズムの可視化支援を通じて、眼精疲労対策を組織全体の取り組みとして後押しできる
眼精疲労対策や健康経営の取り組みについてお困りの際は、産業医にご相談ください。
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