「産業医が職場巡視に来るが、何を見られるのかわからない」「事前に準備しておくことはある?」——職場巡視は産業医の中心的な業務のひとつですが、初めて経験する担当者には不安を感じる方も多いです。本記事では、オフィス職場に絞って、産業医が確認するポイントと企業の準備をわかりやすく解説します。
職場巡視とは
職場巡視とは、産業医が実際に職場を歩いて、従業員の健康に影響しうる環境・設備・作業状況を確認する活動です(労働安全衛生規則第15条)。有害物質・騒音・照明・温湿度・作業姿勢など、さまざまな観点から職場環境をチェックします。
工場や製造現場のような有害業務がイメージされやすいですが、オフィス職場でも必ず実施が必要です。長時間のパソコン作業・不適切な照明・換気不足・通路の安全など、オフィス特有の課題があります。
実施頻度・法的根拠
| 原則 | 月1回以上 |
|---|---|
| 緩和条件を満たす場合 | 2ヶ月に1回以上 |
緩和条件は以下の2つを両方満たす必要があります。
- 衛生委員会(または安全衛生委員会)で2ヶ月に1回への変更を同意している
- 産業医が職場巡視を適切に行うために必要な情報を毎月提供している(作業環境・労働時間・健康管理の状況など)
2ヶ月に1回への変更は、産業医が必要な情報を継続的に受け取ることが前提です。情報提供を怠ったまま訪問回数だけ減らすことは認められません。産業医との情報共有の仕組みを整えることが必要です。
オフィスで確認される主なポイント
産業医がオフィス職場の巡視で確認する主な項目を紹介します。事前に把握しておくことで、スムーズな改善につながります。
① 作業環境・設備
- 照明は適切か(推奨照度:デスクワーク300〜750ルクス)
- 室温・湿度は適切か(推奨:夏18〜28℃、湿度40〜70%)
- 換気は十分か(CO₂濃度1,000ppm以下が目安)
- 騒音が過度でないか
- 通路・非常口が確保されているか
② VDT作業(パソコン作業)環境
- モニターの高さ・距離は適切か(目とモニターの距離40cm以上)
- キーボード・マウスの位置は肘が直角になっているか
- 椅子の高さ・背もたれの調整ができるか
- モニターへの映り込み・ちらつきがないか
- 1時間に1回程度の休憩・目の休養が取れる環境か
③ 休憩・福利厚生設備
- 休憩室・休憩スペースが確保されているか
- トイレの数・衛生状態は適切か
- 給湯設備・飲料水が確保されているか
④ メンタルヘルス・労働時間管理
- 残業の常態化・深夜まで勤務している従業員はいないか
- 欠勤・遅刻・早退が増えている従業員はいないか(表情・様子を含む)
- 相談しやすい職場環境が整っているか
⑤ 安全管理
- 通路に荷物・コードが散乱していないか(転倒リスク)
- 棚・キャビネットの転倒防止措置はされているか
- 消火器・AEDの設置場所は従業員に周知されているか
巡視前に企業が準備すること
職場巡視をスムーズに進めるために、事前に以下を準備しておきましょう。
- 担当者の同行手配:総務・人事担当者が案内役として同行します
- 巡視ルートの確認:事務所フロア・休憩室・トイレ・非常口など巡視する場所を把握しておく
- 前回の指摘事項の対応報告:前回の巡視で指摘を受けた点を改善したか確認し、産業医に報告する
- 最近の健康課題の共有:欠勤増加・相談件数・長時間労働者の状況など気になる点をメモしておく
職場巡視は「産業医に見せる」イベントではなく、職場環境を改善するための機会です。普段から気になっている設備・環境の問題点があれば、巡視のタイミングで積極的に相談しましょう。産業医からの改善提案が企業への「お墨付き」として機能することもあります。
巡視後の対応
職場巡視後、産業医は気になった点や改善が必要な事項を巡視記録・意見書として事業者に提出します。事業者はこの内容をもとに職場環境の改善を進める必要があります。
改善事項は衛生委員会で共有し、対応状況を記録しておくことが重要です。次回の巡視時に改善結果を産業医に報告することで、継続的な職場改善のサイクルが生まれます。
よくある疑問
巡視当日に「片付け」をしてもいい?
通常の整理整頓は問題ありませんが、普段の実態を隠すような過度な演出は望ましくありません。産業医は「普段の職場環境」を確認することが目的であり、実態と乖離があると適切なアドバイスが得られません。
巡視に立ち会う必要はある?
担当者が同行することが一般的です。産業医の質問にその場で答えられる人(総務・人事担当者・衛生管理者など)が同行すると巡視が効果的に進みます。
テレワーク中の従業員の環境はどうする?
テレワーク中の従業員のデスク環境・通信環境については、セルフチェックリストを配布して自己申告してもらう方法が一般的です。産業医と相談しながら対応方針を決めるとよいでしょう。
環境基準の軽視が招いた労災認定|判例から学ぶリスク
「換気の数値くらいで大げさでは」——そう感じる企業もあるかもしれません。しかし事務所衛生基準規則に定める環境基準を守らなかった職場が、死亡事案の労災認定において法的に問題視された判例があります。
事案の概要
Gプロジェクトに配属された28歳の男性従業員(A)が、月100時間以上に及ぶ長時間労働・徹夜・休日出勤を続ける中、過重な心理的負荷による過量服薬に伴う急性薬物中毒で死亡した事案。増員は一切行われず、仮眠設備も不十分で、若年従業員は自席で机にうつぶせになるなどして仮眠せざるを得ない状況だった。
問題となった職場環境は、1人当たりの気積が7.0㎥(基準:10㎥以上)にとどまり、CO₂濃度は1,800〜2,100ppm(基準:1,000ppm以下)と恒常的に基準を大きく超過していた。
基準値との比較
| 項目 | 事業所の実態 | 事務所衛生基準規則の基準 |
|---|---|---|
| 1人当たりの気積 | 7.0m³ | 10m³以上 |
| CO₂濃度 | 1,800〜2,100ppm | 1,000ppm以下 |
裁判所の判断
東京地裁は、長時間労働・増員なし・仮眠設備の不備に加え、「事業所は1人当たりの作業スペースが狭い上、作業場所内で作業にあたる従業員数が多く、恒常的に二酸化炭素量が基準を超過して苛酷な作業環境であった」と認定。これらを総合考慮した結果、Aの業務による心理的負荷の程度は「過重」であったと評価した。
まとめ
- 職場巡視は産業医の法定業務で、原則月1回以上(条件を満たせば2ヶ月に1回)
- オフィスでは照明・VDT環境・換気・通路の安全・メンタルヘルスなどが確認される
- 事前に担当者の同行・前回指摘事項の対応確認・現状の共有を準備しておく
- 巡視後の改善対応・衛生委員会での共有まで行うことが重要
- CO₂濃度・気積などの環境基準違反は、長時間労働と組み合わさると労災認定リスクに直結する(富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ事件)
「初めての職場巡視で何を準備すればいいかわからない」「産業医を選任したばかりで流れがわからない」という企業様は、お気軽にご相談ください。