「人を支える仕事」はメンタル不調が多い

病院、介護施設、障害福祉サービス、保育所、児童福祉施設など、人を支える仕事に就く職員のメンタルヘルスが大きな課題になっています。

厚生労働省が2026年7月に公表した「令和7年度 過労死等の労災補償状況」によると、精神障害の労災は、請求件数・支給決定件数ともに「医療、福祉」が業種別で最多でした。中でも「社会保険・社会福祉・介護事業」が多くを占めています。

令和7年度 精神障害の労災 請求件数 支給決定件数
医療、福祉(業種別で最多) 1,288件 292件
うち 社会保険・社会福祉・介護事業 706件 151件

また、支給決定の原因となった出来事では、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」が127件で、パワーハラスメント(222件)に次いで、セクシュアルハラスメントと並ぶ2番目の多さでした。利用者やその家族からの暴言・暴力などは、職員の心の健康を損なう大きな要因になっています。

対人支援の仕事に特有のストレス

人を支える仕事には、ほかの職種とは異なるストレスがあります。

感情労働

つらいときでも穏やかに、やさしく接することが求められます。自分の感情を抑え続けることで、気づかないうちに疲れがたまります。

利用者・家族との距離の近さ

身体介助や毎日の送迎など、利用者や家族と密接に関わります。暴言・暴力や過剰な要求を受けても、関係を断ちにくい面があります。

責任の重さ

命や安全、子どもの成長に関わる仕事であり、小さなミスも許されないという緊張感があります。

人手不足・夜勤

慢性的な人手不足や夜勤・交代勤務により、休息が取りにくく、一人で対応せざるを得ない場面も生じやすくなります。

2026年10月からカスハラ対策が義務に

令和7年に労働施策総合推進法が改正され、2026年(令和8年)10月1日から、カスタマーハラスメント(カスハラ)の防止措置が全ての事業主の義務になりました。業種や規模は問いません。具体的な内容は、2026年2月に告示された「カスタマーハラスメント防止指針」で示されています。

職場におけるカスタマーハラスメントとは(指針の定義)

次の3つの要素を全て満たすものをいいます。

  1. 顧客等の言動であること
  2. 業務の性質などに照らして、社会通念上許容される範囲を超えていること
  3. その言動により、労働者の就業環境が害されること

「顧客等」には、病院や福祉施設などの施設・サービスの利用者とその家族も含まれます。保育所や児童福祉施設の保護者からの言動も対象になりえます。

なお、苦情の全てがカスハラに当たるわけではありません。社会通念上許容される範囲で行われた申し入れは「正当な申入れ」であり、カスハラには当たりません。指針では、典型的な例として次のようなものが挙げられています。

区分 例
要求の内容が許容範囲を超えるもの サービスと関係のない要求、契約内容を著しく超えるサービスの要求、性的な要求やプライバシーに関わる要求 など
手段や態様が許容範囲を超えるもの 殴る・蹴る・物を投げつけるなどの身体的な攻撃、脅迫・暴言・人格を否定する言動、SNSへの投稿をほのめかして脅す など

医療・福祉の現場ならではの難しさ

医療・福祉の現場では、利用者の病気や障害、認知症などが言動の背景にあることも少なくありません。また、一般の店舗のように「お断りする」「出入りを禁止する」といった対応を取りにくいという事情があります。

⚠ 指針でも留意点が示されています

  • 障害のある人が、障害を理由とする差別的な取り扱いをしないよう求めることや、配慮が必要だと伝えること自体は、カスハラには当たりません。
  • サービスが途絶えると利用者の生命や心身の健康に重大な影響が及ぶ場合があることにも、留意して対応する必要があるとされています。

ただし、利用者の言動がカスハラに当たるかどうかにかかわらず、職員の安全と健康を守る体制を整えることは事業者の責任です。この点は、後で紹介する判例からもよくわかります。

事業主が講じなければならない措置

カスハラ防止指針では、事業主が講じなければならない措置として、次のものが示されています。

措置 主な内容
1. 方針の明確化と周知・啓発 カスハラには毅然とした態度で対応し、職員を守るという方針を明確にする。あらかじめ定めた対処の内容とあわせて、研修などで職員に周知する
2. 相談体制の整備 相談窓口を設け、職員に知らせる。相談に適切に対応できるようにする
3. 事後の迅速かつ適切な対応 事実関係を確認し、被害を受けた職員への配慮を行う(担当の変更や複数人での対応、管理職や産業保健スタッフによるメンタルヘルスの相談対応など)
4. カスハラを抑止するための措置 過度な要求を繰り返すなど特に悪質なものへの対処方針(警察への通報、警告文の送付、サービス提供の停止、出入りの禁止など)をあらかじめ定めて周知し、実際に対処できる体制を整える(カスハラ特有の措置)
5. あわせて講ずべき措置 相談者のプライバシーの保護、相談したことを理由とする不利益な取り扱いの禁止 など

なお、サービスの提供停止などの対処は、法令の範囲内で行う必要があり、業種によって取れる対応は異なります。医療・福祉では、前述のとおりサービスを簡単に止められない事情にも留意しながら方針を定めることになります。

判例紹介

利用者や顧客からの迷惑行為について、雇用する側の責任が問われた裁判例を2つ紹介します。責任が認められた例と否定された例を比べると、事業者が何をしておくべきかが見えてきます。

判 例 ①

医療法人社団こうかん会事件

東京地裁 平成25年(2013年)2月19日判決

事案の概要

病院の看護師Xは、夜勤中にせん妄状態にあったと思われる入院患者から暴力を受け、頸椎捻挫などのけがを負い、後遺障害が残りました(第一事故)。Xはナースコールを押しましたが、ほかの看護師が応援に駆け付けるのが遅れていました。

Xは休職後に病棟勤務として復職しましたが、食事介助中に別の入院患者から腕をつかまれ、その恐怖心などから適応障害を発症して再び休職しました(第二事故)。Xは、病院に安全配慮義務違反があったとして損害賠償を求めました。

裁判所の判断

第一事故:安全配慮義務違反を認めた
せん妄状態や認知症の患者による暴力を完全に防ぐことは不可能だとしても、病院には「看護師の身体に危害が及ぶことを回避すべく最善を尽くすべき義務」があったとしました。具体的には、ナースコールが鳴ったときは、自分の担当病室でなくても、看護師が暴力を受けている可能性も念頭に置いて直ちに応援に駆け付けるよう、看護師全員に周知徹底すべきだったのに、これを怠っていたと判断しました。病院には、労災保険の給付分を差し引いたうえで、約2,000万円の賠償が命じられました。

第二事故:安全配慮義務違反を否定した
病院は、復職後のXの勤務状況を見ながら業務を少しずつ増やしていくなど、Xの心情に配慮して慎重に対応していたと評価されました。また、腕をつかまれたことが精神障害を発症させるほどの強い心理的負荷だったとは認め難く、発症まで予見できたとはいえないとされました。

本判例の意義:利用者の病気が原因の暴力であっても、「防ぎようがない」で済ませることはできず、周囲がすぐにフォローに入る仕組みを作っていなかったことに事業者の責任が認められました。一方で、復職後の慎重な対応は、責任を否定する方向に働いています。
判 例 ②

NHKサービスセンター事件

東京高裁 令和4年(2022年)11月22日判決(第一審:横浜地裁川崎支部 令和3年11月30日判決)

事案の概要

放送局の視聴者対応コールセンターで働くコミュニケーターXが、視聴者からの電話でわいせつな発言や暴言などを受けたことについて、雇用主Yがそうした発言に触れさせないようにする安全配慮義務に違反したとして、損害賠償を求めました。

裁判所の判断

Yでは、次のような対応手順(マニュアル)が作成・周知されていました。

  • わいせつな電話は、指示を待たずに直ちに上司(スーパーバイザー)へ転送してよい
  • 同じ日に同じ人から2回目以降のわいせつな電話があれば、コミュニケーターの判断で即座に切ってよい
  • 大声を出されたときは、ヘッドセットを外したり、転送したりしてよい

裁判所は、Yが職員の心身の安全を確保するためのルールを策定し、それに沿った対応をしていたと認めました。さらに、電話によるメンタルヘルス相談や面接でのカウンセリングを無料で受けられること、ストレスチェックを実施し、希望すれば産業医の面接指導を受けられることなども総合的に考慮し、安全配慮義務違反はないと判断しました。

本判例の意義:カスハラそのものを完全になくすことはできなくても、具体的な対応ルールを定めて実際に運用し、被害を受けた職員の心のケアの体制を整えていれば、事業者の責任は否定されうることを示しました。

判例から学ぶポイント

2つの判例に共通するのは、「カスハラや利用者からの暴力は起こるもの」という前提で備えておくことが事業者に求められているという点です。

ポイント① 一人で対応させない仕組みを作る

こうかん会事件では、ナースコールに周囲がすぐ駆け付ける仕組みがなかったことが責任につながりました。介護施設や保育所でも、「困ったときはすぐ呼べる」「呼ばれたらすぐ行く」というルールを全員で共有し、複数人で対応できる体制を作ることが大切です。

ポイント② 具体的な対応ルールを決め、実際に運用する

NHKサービスセンター事件では、「どんなときに、どうしてよいか」が具体的に決まっていて、そのとおりに運用されていたことが評価されました。「暴言が続いたら担当を交代する」「家族からの長時間の要求には管理者が対応を引き継ぐ」など、現場が迷わないルールを決めておきましょう。

ポイント③ 被害を受けた職員の心のケアと、復職時の配慮

NHKサービスセンター事件では、相談窓口やストレスチェック、産業医の面接指導の体制が評価されています。こうかん会事件でも、復職後に業務を少しずつ増やしていく慎重な対応が、責任を否定する方向に働きました。被害を受けた職員への面談や、休職・復職時の配慮には、産業医が関わることができます。

産業医の役割

カスハラや利用者からの暴力は、職員のメンタル不調や離職につながりやすい問題です。産業医は、医学的な立場から、職員の健康を守る体制づくりを支援します。

産業医が支援できること

  • カスハラや暴力の被害を受けた職員との面談と、就業上の配慮についての意見
  • ストレスチェックの実施と、高ストレス者への面接指導
  • 集団分析の結果をもとにした、職場環境改善のアドバイス
  • メンタル不調による休職・復職の判断と、復職後の業務調整の助言
  • 管理職向けのラインケアや、職員向けのセルフケアの研修

よくある疑問

小規模な事業所でもカスハラ対策は義務ですか?

はい。2026年10月1日から、業種や規模にかかわらず全ての事業主に防止措置が義務付けられています。従業員50人未満の事業所も対象です。

利用者の家族や保護者からのクレームもカスハラになりますか?

指針では「顧客等」に施設・サービスの利用者とその家族が含まれるとされており、家族や保護者からの言動も対象になりえます。ただし、社会通念上許容される範囲の申し入れは正当なものであり、カスハラには当たりません。内容と、手段・態様の両面から判断します。

認知症の方や、障害のある方からの暴力もカスハラになりますか?

病気や障害が背景にある言動をカスハラと位置付けるかについては、さまざまな考え方があります。ただし、こうかん会事件のとおり、カスハラかどうかにかかわらず、職員の安全を守るための体制を整えることは事業者の責任です。障害のある方への合理的配慮にも留意しながら、職員を一人にしない仕組みを作ることが大切です。

まとめ

人を支える仕事は、利用者やその家族と近い距離で関わるからこそ、カスハラや暴力の影響を受けやすい仕事です。カスハラ対策の義務化をきっかけに、職員を守る体制を見直しましょう。

この記事のポイント

  • 精神障害の労災は「医療、福祉」が業種別で最多。原因では「顧客や施設利用者等からの著しい迷惑行為」が2番目に多い
  • 2026年10月1日から、カスハラ防止措置が全ての事業主の義務に(利用者の家族や保護者も「顧客等」に含まれる)
  • こうかん会事件では、暴力を受けたときに周囲が駆け付ける仕組みがなかったことで、約2,000万円の賠償が命じられた
  • NHKサービスセンター事件では、具体的な対応ルールと心のケアの体制があったことで、責任が否定された
  • 被害を受けた職員の面談や休職・復職の支援には、産業医が関わることができる

カスハラを受けた職員のケアや、職場の体制づくりについて、産業医の立場からお手伝いします。

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