病気の治療を続けながら働く従業員は、決して少なくありません。がん・糖尿病・心疾患・難病・メンタルヘルス不調など、長期にわたる通院や入院が必要な状態でも、「できれば仕事を続けたい」と望む方は多くいます。治療と仕事の両立支援は、そうした従業員が安心して働き続けられるよう、企業・産業医・主治医が連携して支える取り組みです。2026年4月からは、企業による取り組みが努力義務として位置づけられ、より一層の体制整備が求められています。

治療と仕事の両立支援とは

治療と仕事の両立支援とは、傷病を抱える従業員が必要な治療を受けながら、職業生活を継続できるよう支援することをいいます。厚生労働省が策定した「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」に基づき、企業・産業保健スタッフ・主治医の三者が連携して対応します。

従来の「休職→復職」という二択ではなく、治療しながら働き続けることを前提に、業務の調整や勤務形態の柔軟化を行うことが両立支援の本質です。早期に対応することで長期休職を防ぎ、従業員の健康と雇用を守ることにつながります。

💡 両立支援が必要な場面の例
  • がん治療(抗がん剤投与・放射線治療など)のため、週に複数回通院が必要
  • 透析治療のため、週3回の定期的な通院・早退が生じる
  • 難病の症状が波があり、体調によって業務遂行能力が変わる
  • 糖尿病・心疾患などの慢性疾患で、定期的な受診と服薬管理が必要
  • メンタルヘルス不調の回復期で、段階的な復帰・業務量の調整が必要

2026年4月から努力義務化

2026年4月の労働安全衛生法改正により、事業者による治療と仕事の両立支援への取り組みが努力義務として明確に位置づけられました。これまでも厚生労働省のガイドラインは存在していましたが、法律上の根拠が加わったことで、企業の対応が一層強く求められることになります。

「努力義務」とは罰則のある義務ではありませんが、取り組みを怠った結果として従業員が不利益を受けた場合には、安全配慮義務違反として民事上の責任を問われる可能性があります。制度として整備しておくことが、企業としてのリスク管理にもつながります。

⚠ 「努力義務=やらなくていい」ではありません

努力義務は罰則こそありませんが、社会的な要請・労務リスクの観点から対応の体制整備は不可欠です。特に病気を理由とした不当な降格・解雇・退職強要は、法律上の問題になりえます。両立支援の仕組みをつくることが、従業員の定着と企業を守ることに直結します。

対象となる疾患・状況

両立支援の対象となる疾患や状況に、特定の制限はありません。治療のために就業上の配慮が必要な状態であれば、幅広く対応します。代表的なものとして以下があります。

疾患・状況主な就業上の課題
がん(乳がん・大腸がん・胃がんなど)化学療法・放射線治療による通院・体力低下・副作用による勤務への支障
脳血管疾患・心疾患後の回復期後遺症・再発リスク・リハビリ通院・業務制限の必要性
糖尿病・腎疾患(透析)定期的な通院・透析スケジュールへの対応・低血糖リスク
難病(指定難病を含む)症状の波・急な悪化・長期的な通院
メンタルヘルス不調(うつ病・適応障害など)回復期の段階的復帰・業務量の調整・通院確保
骨折・手術後のリハビリ期身体機能の一時的な制限・リハビリ通院

両立支援の具体的な進め方

両立支援は、以下のステップで進めます。人事・産業医・主治医が連携しながら、本人の意向を尊重して進めることが重要です。

1

従業員からの申し出・相談受付

治療が必要な状況になったとき、従業員が安心して会社に相談できる窓口と雰囲気をつくります。「申し出たら不利になる」という不安を取り除くことが大切です。相談窓口(人事・産業医など)を事前に周知しておきましょう。

2

本人の状況・意向の確認

疾患の状況・治療内容・通院スケジュール・本人が希望する働き方などを確認します。この段階では、会社として「できること・できないこと」を正直に伝えつつ、本人の意向を尊重することが重要です。

3

主治医への情報提供・意見照会

本人の同意を得た上で、会社から主治医に「勤務情報提供書」を送付し、業務内容・職場環境などを伝えます。主治医からは「主治医意見書」により、就業継続の可否・必要な配慮事項について回答を得ます。

4

産業医による面談・意見

主治医意見書をもとに産業医が従業員と面談し、職場の実態と照らし合わせた上で就業上の配慮について会社に意見します。主治医と産業医の意見が異なる場合は、産業医が調整役を担います。

5

就業上の配慮の実施と記録

産業医の意見をもとに、会社として具体的な配慮措置を決定・実施します。配慮の内容・期間・見直し時期を書面で確認し、記録を残しておくことが重要です。

6

定期的なフォローアップ

治療の経過・体調の変化・業務への影響を定期的に確認します。状況に応じて配慮内容を見直し、必要であれば産業医面談・主治医への再照会を行います。

主治医・産業医との情報連携

両立支援を適切に進めるためには、主治医と産業医・会社の間での情報共有が不可欠です。それぞれの書類の役割を整理します。

書類誰が作るか内容・目的
勤務情報提供書会社(人事・産業医が補佐)業務内容・労働時間・職場環境などを主治医に伝えるための書類。主治医が就業可否を判断する際の参考情報となる
主治医意見書主治医勤務情報をもとに、就業の可否・必要な配慮(時短・通院確保・業務制限など)を記載。会社・産業医への情報提供となる
産業医意見書産業医主治医意見書と面談結果をふまえ、職場の実態に即した就業上の配慮を会社に提言する

両立支援カードの活用

勤務情報提供書・主治医意見書は書式が複雑で、「何をどう書けばよいかわからない」という声もあります。そこで活用したいのが、厚生労働省が提供している「両立支援カード(職場用・医療機関用)」です。

このカードは、従業員が通院の際に主治医へ職場の状況を伝えるためのシンプルなツールです。書き込み式で記入しやすく、診察室でもスムーズに情報共有が行えます。厚生労働省の「治療と仕事の両立支援ナビ」のウェブサイトから無料でダウンロードできます。

💡 両立支援カードの主な記載内容
  • 職場用カード(従業員→主治医へ):業務の内容・労働時間・体力的な負荷・職場環境・配慮してほしいことなどを記入し、主治医に渡す
  • 医療機関用カード(主治医→従業員・会社へ):就業継続の可否・治療スケジュール・必要な配慮事項などを主治医が記入して返却する

正式な勤務情報提供書・主治医意見書の作成が難しい小規模事業所や、まず気軽に始めたいという場合には、両立支援カードから始めるのが現実的な第一歩です。産業医と連携しながら、徐々に体制を整えていくことができます。

💡 主治医と産業医の役割の違い

主治医は「治療の専門家」として疾患の管理・治癒を目的とします。一方、産業医は「職場の医師」として、業務内容や職場環境と照らし合わせた就業上の判断を行います。両者の視点を組み合わせることで、本人にとっても会社にとっても適切な支援が可能になります。

主治医は職場の実情を把握していないことが多いため、両立支援カードや勤務情報提供書で職場の状況を正確に伝えることが、より適切な意見書の作成につながります。

就業上の配慮の具体例

両立支援として実施できる就業上の配慮は、疾患や業務内容によって異なります。以下は代表的な例です。

勤務時間・勤務形態の調整

業務内容・職場環境の調整

制度面の整備

産業医の役割

両立支援において産業医は、会社と本人・主治医をつなぐコーディネーター的な役割を担います。

💡 産業医がいることで両立支援がスムーズになる理由

人事担当者だけでは、主治医の意見書に書かれた医学的な内容を職場の配慮に落とし込むことが難しいケースがあります。産業医が間に入ることで、「この配慮は現場で実現可能か」「この状態でこの業務は安全か」という判断をサポートします。また、産業医が関与した記録が残ることで、会社として適切な対応をとった証明にもなります。

「仕事ができないなら休め」は通用しない|判例が示す配置転換義務

両立支援が「努力義務」にとどまる現在でも、治療中の従業員への対応を誤ると企業は法的責任を負います。最高裁はすでに、病気を理由に就労を一方的に拒否することは許されないと明示しています。

判例
片山組事件
最高裁判所 第一小法廷 平成10年4月9日判決(労判736号15頁)

事案の概要

建設会社で21年以上現場監督として勤務していた従業員がバセドウ病(甲状腺疾患)を罹患。主治医は「現場作業は不可、事務作業は可能」と診断し、本人も事務職への配置転換を申し出た。しかし会社は「現場監督ができないなら仕事はない」として自宅治療命令を出し、約4ヶ月間賃金を支払わなかった。

裁判所の判断

最高裁は、「職種や業務内容を特定せずに採用された労働者は、現在の業務が完全に遂行できない状態であっても、本人の能力・経験に照らして配置される可能性のある他の業務を遂行できるならば、労務の提供があるといえる」と判示した。

会社が他の業務への配置転換を検討することなく自宅治療を命じたことは、会社側の帰責事由によるものとして、賃金の支払い義務があると認定。高裁への差戻し後、事務作業への従事が可能だったと認定された。

実務上のポイント:職種を限定しない一般的な雇用契約の場合、「今の業務ができない」だけを理由に就業を拒否・賃金不払いにすることはできない。両立支援の文脈では、軽易業務・他部署への一時的な配置転換の可能性を検討することが会社の義務となりうる。
「病気だから来なくていい」が招くリスク

治療中の従業員に対して、十分な検討なく「今の業務ができないなら休職・退職を」と誘導することは、安全配慮義務違反・不当解雇として問題になりえます。配置転換・業務軽減・時短勤務など代替措置の可能性を検討した上で結論を出すことが、会社にとっても法的リスクの観点から重要です。

よくある疑問

従業員ががんと診断されたと打ち明けてきました。会社はまず何をすればよいですか?

まず本人の意向(仕事を続けたいか・どこまで職場に伝えてよいか)を確認することが大切です。その上で産業医に情報共有し、治療スケジュール・体力的な制限などを把握しながら、就業上の配慮(時短・配置転換など)を検討します。厚生労働省の「治療と仕事の両立支援ガイドライン」も参考になります。

主治医と産業医の意見が食い違った場合、会社はどちらに従えばよいですか?

主治医は治療の観点から、産業医は職場環境の観点から意見を述べます。両者の意見が食い違う場合は、産業医が主治医と直接情報共有(同意書取得の上)して調整するのが理想です。最終的な就業上の判断は会社が行いますが、産業医の意見を踏まえることで安全配慮義務の観点からも適切な対応となります。

治療中の従業員が「休みたくない」と言っています。無理に休ませることはできますか?

就業規則に「会社が必要と認めた場合に就業制限・休職を命じることができる」規定があり、産業医が就業上の配慮を要すると判断した場合は、会社側から就業制限を命じることが可能です。無理に働き続けさせて健康被害が生じた場合、会社の安全配慮義務違反となるリスクがあります。

まとめ

「両立支援の体制を整えたいが何から始めればよいかわからない」「産業医と連携した対応を進めたい」という企業様は、ぜひお気軽にご相談ください。